サービス開始にあたり、現在は初期価格でご案内しています

88歳の父のスマホが壊れた日に、考えたこと

先日、88歳の父のスマホが故障しました。

症状は「通話できない」というものでした。正確には、相手の声は聞こえるのに、こちらの声が相手にまったく届かない。事前に確認してみると、どうやらマイクの故障らしい、ということはわかりました。

端末の問題であれば、素人にできることはありません。ショップへ行くしかない。父から付き添いを頼まれて、一緒に出かけることにしました。

目次

ショップでの、長い時間

父は最初に近所のauショップへ行ったそうですが、うまく話が通じなかったのか、「購入したショップで確認してください」と言われてしまったそうです。父一人では対応が難しいということで、付き添って少し遠い父が購入したauショップへ向かうことにしました。

店員さんは丁寧に対応してくれました。SIMの入れ替え、OSのバージョンアップ、その他いくつかの確認作業を時間をかけて、ひとつひとつ試してくれました。それでも改善は見られず、最終的に「端末の故障」という結論になりました。

保証期間内なので、端末の保証は受けられます。それはよかったのですが……

「端末の交換サポートは、auショップではできないんです。サポートセンターに電話していただく必要がありまして」

……そういうものなんですね。

店員さんが気を利かせて電話をかけてくれて、途中から私が代わって話をしました。オペレーターの方は親切だったと思います。ただ、何度も同じことを確認されました。氏名、契約番号、端末の機種番号、故障の状況、購入時期、試したことなど。既にauショップで話したことを、また繰り返す。父が一人でこれをやっていたら、どうなっていたでしょう。想像するだけで少し怖くなりました。

それでも最終的には、新しい端末を送ってもらえることになりました。ひとまず、解決です。

契約内容を確認して、驚いたこと

故障の対応と並行して、ショップで契約内容も確認してもらいました。

すると、スマホ契約のタイミングで、自宅の光回線も申し込まれていることがわかりました。父に聞くと、「よくわからないまま契約した」とのこと。担当者が不在だったため、詳しい確認はまた後日ということになりましたが、すでに自宅には別の光回線が引いてあります。二重契約の可能性があります。

さらに、スマホの契約には不要なオプションがいくつもついていて、月額料金がずいぶん高くなっていました。その場で店員さんに確認して、必要のないオプションはすべて解約してもらいました。

父は、インターネットを使いません。というか使えません。スマホを持っているのは、ただ電話を使いたいからです。それだけです。

なのに、なぜこんなに複雑な契約になっているのでしょう。

光回線との抱き合わせ、オプション加入による割引、複数サービスをまとめることでの月額調整——説明を聞けば「そういう仕組みなんですよ」と理解はできます。でも、88歳の高齢者が一人でショップへ行って、そのすべてを正確に理解して、必要なものだけを選んで契約できるでしょうか。正直、難しいと思います。

悪意があるとは言いたくありません。ただ、結果として、よくわからないまま高い料金を払い続けている——そういう状況が生まれやすい構造になっているのは、否定できないように感じました。

昔の「電気屋さん」のことを思い出した

ショップからの帰り道、ふと昔のことを思い出しました。

子どもの頃、家電が壊れると、近所の電気屋さんが来てくれました。おじさんが「ちょっと見てみようか」と言って、しばらくいじって、「あ、ここが原因やね」なんて言いながら直してくれることもあった。修理できなければ「そりゃもう買い替えやな」と正直に教えてくれました。

料金も明快でした。「これくらいかかるよ」と最初に言ってくれて、後からよくわからない請求が追加されることもなかった。

そこには、なんというか、「血の通った対応」があったように思います。相手のことを考えて、その人に合ったやり取りをしてくれる。そんな「人間らしさ」がありました。

でも、いまは、どうでしょう。

対応が悪いと言いたいわけではありません。今日のショップの店員さんも、一生懸命やってくれていたと思います。でも、仕組み自体が、どこか機械的になってしまっています。ショップではできないからサポートセンターへ。サポートセンターでは同じことを何度も確認される。手続きが完了すれば端末が届く。それぞれのステップは機能しているのに、全体として「なんだかたらいまわしにされたな」という感覚が残ります。

生産性、合理性、利益を追求するばかりに、人が、システムの一部になってしまっているような感じ、とでも言えばいいのでしょうか。

携帯だけの話ではないな、と思う

ぼんやりと、でも確かにそう感じることがあります。

これは携帯や光回線の業界だけの話ではないな、と。

いつの間にか、私たちの周りは「気づかないうちに損をしやすい構造」で溢れています。サブスクリプションの自動更新、解約しにくい設計、最初だけ安くて後から高くなる料金体系、説明が長すぎて読む気にならない利用規約——。

悪意ある詐欺とは違います。違うのですが、「なんとなく丸め込まれている」という感覚は似ています。賢い消費者でないと損をする、という前提が、いつの間にか当たり前になっています。

父の一件を通じて、そのことを改めて実感しました。そして、少し寂しい気持ちになりました。

自分が歳をとったとき、さらにもっと複雑な世の中になっているのだろうか、と。

最後に、自分自身のこととして

嘆いてばかりいても仕方がないので、最後は自分自身のこととして締めくくりたいと思います。

私もビジネスをしています。その立場で考えると、「自分はどうだろう」という問いが浮かびます。

お客さんが理解しないまま契約していることはないか。説明が複雑になっていないか。「知らないと損をする構造」を、知らず知らずのうちに作っていないか。

たぶん、意識しないと、流されていきます。業界の慣習に合わせて、みんなやっているからと自分を納得させながら、少しずつ「血の通っていない対応」に近づいていく。そういうことは、誰にでも起こりうる気がします。

父のスマホが壊れた、ただそれだけのことが、思いのほかいろんなことを考えるきっかけになりました。

わかりやすく、正直に、相手のことを考えて——そんな当たり前のことを、丁寧に続けていきたいな、と改めて思った一日でした。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次